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とっちら

好きなことを取っ散らかします。

ファッショナブルで見栄っ張りな紳士、サプール

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サプール展、めちゃよいです。めちゃよい。ファッションは思想。美しいは正義。
会期は10日(日)まで@渋谷なので、お近くの方はぜひぜひ。10日はサプールのセヴランさんがいらっしゃるみたいで、ちょっともう一度行くか迷ってます。

なんとなくはりーさんのこのツイートを思い出しました。

さて、ここからは感想みたいなものを、せっかくなので書いておこうと思います。

サプールは「世界一ファッショナブルで、世界一見栄っ張りな紳士」と言われている人々です。フランス語で「お洒落で優雅な紳士たち」を意味する言葉の頭文字をとってサップ(SAPE)、サップを楽しむ人がサプール。
彼らが暮らす中部アフリカのコンゴ共和国では、国民の平均月収が約2万5千円。政治的情勢も不安定。そんな中で、彼らはファッションに情熱を傾け、優雅さを競っています。


まあなんか、詳しくはどこかに載っていると思うので割愛。


わたしはあんまりファッションに興味がないのだけど、それはファッションと思想というものが自分の中でつながってないからなんだなあと感じた。あと、あんまり衣服それ自体の美がよくわからない。どちらかというと形にならない美、みたいなもののほうに関心があるので、いくつもの写真を見て感じた美しさは、なんというか、たましいの美しさかもと思った。矜持とかそういうもの。

あるパネルの下には「サップになりたいなら、まずは仕事を探すことがスタートだよ」というキャプションがあった。お洒落で優雅な紳士になるためには働くことが必要だ。情勢に振り回されないことが必要だ。サプールは「いる」ものではなく「ある」ものなんだ、と思った。サプールたれ。

わたしは日本で、渋谷で、パネルを見ている。彼らは日常的に色彩豊かなスーツをまとっている、生活している。サプールがスクランブル交差点を渡ったら、奇抜な格好には慣れっこの人々でさえ足を止めるだろう。そのたましいの豊かさを感じられないことがあるだろうか?憧れずにいられるだろうか?


多分、サプールの存在によってふみとどまっている人々がいるのだと思う。ひとたびサプールに惹かれたなら、銃を持つことは自分の心が許さないだろう。手にするのはしっかりとした重みのあるステッキ。独特のステップを踏む足は軽やかだ。美しい衣服を手に入れたとして、その足が争いに向かうことはあるだろうか?けっして金銭的に豊かではないからこそ、その服の持つ価値や意味は増す。それにふさわしい自分であろうとする。

部屋いっぱいに服はあるし、全然いわゆる「足るを知る」ではない。でも、強がりな満足をしないところ、本当に求めるものをきちんと見据えて掴みにいくところ。そういう感覚は新鮮で、すごくすがすがしいなと思いました。

一方でこういう記事も楽しく読むんですけどね!
motokurashi.com

ほんとは「武士は食わねど高楊枝」あたりとの比較をしたかったのだけど力尽きた!以上です!


追記:
・そういえば、うちの大学にはちょこちょこアフリカからお客様が来てるんだけど、みなさんオーラが超絶「陽」なんですよね。彼らが学内をウキウキと歩いてるのを見ると、もしかしてここはめちゃくちゃいいところなんじゃないか?という気持ちが生まれてくる。サプールもそういう効果あるんだろうなと思いました。

・学習支援のボランティアに行ったとき、普段は動きやすさを重視した格好してたんだけど、ある日スカートはいて行ったらなんか子どもたち(特に女の子)が「今日かわいいね!」って嬉しそうに声をかけてくれたのを思い出した。外面を美しく保つのは、わたしにとっては自分のためというよりも他者のためになるのかもしれないな、という話です。


さすがに買えなかったのですけどね。