とっちら

好きなことを取っ散らかします。

 目が覚めると早朝だった。わたしは真っ白くてふかふかなベッドで眠っていたらしい。知らない部屋。壁も白くて清潔だが、病院みたいな無愛想さはひとつも感じられない。常に誰かが生活している、きちんと呼吸をしている部屋だと思った。

 久しぶりにこんなふうに朝日を浴びた。今絵を描くなら、日光は白か黄色で塗るだろう。こんこんと眠る日々が続いていて、少し西へ傾いた太陽しか見ていなかったので、その明るさに驚く。幼稚園のときに太陽を黄色で塗っていた子たちは、みんな朝に強かったのかもしれない。

 「起きましたか」と声をかけられる。知らない人。白いパジャマを着ている。ペットボトルの水を渡される。未開封だった。飲む。飲みなれない味がしたのでおそらく硬水。

 昨日はいったいどうしていたんだっけ。記憶がない。ここはほんとに現世なんだろうか。やたら白いし、空気が綺麗だ。酸素が多い気がする。

 「昨日はよく眠れましたか」はい。「おなかはすいてませんか」すいてないみたいです。「本当に?」もう長いことおなかがすかないんです。「じゃあ、胃は空いてるんでしょう」そうですね、胃は空いてると思います。「おかゆとホットケーキだったら、どっちが好きですか?」ホットケーキが。「じゃあ、そうしましょう」

 米の形が崩れているのが嫌で、粥はあまり好きじゃないんだけど、こういうとき、何日もろくに食べてなさそうなときって、粥をすすめるもんじゃないんだろうか。よくわからないけど大人しく待つ。

 その人は紺のエプロンをする。白い冷蔵庫から、白いボウルに、卵と牛乳を移動させる。泡立て器で混ぜる。白い粉を計って入れる。マヨネーズを、えっ。

 「入れるとね、ふわっとするらしいんですよ」伝聞ですか?「そうですね」実験台ですか?「そうなってくれますか?」

 フライパンを熱する。白いふきんで冷ます。もう一度コンロに戻して、生地を流し入れる。ちょっと待って、裏返して、また焼く。甘くてあたたかい匂いがする。

 「1枚焼けたらね、すぐ食べていいですからね」はあ、ありがとうございます。

 匂いを嗅ぎながらベッドに埋もれて目を閉じる。土曜日の遅い朝を思い出す。昔母が焼いてくれたっけな。丸くて大きいの。両手で持って、かじった。もうホットケーキは自分で焼くしかないと思ってた。

 「焼けましたよ」

 ベッドから這い出す。自分も同じ白いパジャマを着ていた。席に着く。他人が自分のために用意してくれた席。ナイフもフォークも使わずに両手で掴む。かじる。さくり。ふわり。甘い。顔を湿らす蒸気。白い。その向こうで微笑む人。

 

 目が覚める。日はもう高い。「起きましたか」と自分に言う。いつも通りの部屋。なぜか満たされた気持ちでいる。おなかがすいた。ホットケーキの材料を買いに出かける。